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東京地方裁判所 平成6年(ワ)22528号 判決

原告

篠原美江

ほか三名

被告

谷本三男

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告谷本三男は、原告篠原美江に対し金三五四六万二七〇八円、同篠原香奈及び同篠原水奈に対しそれぞれ金一四一八万九五二七円、同篠原オサエに対し金一〇〇万円並びにこれらに対する平成六年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上株式会社は、原告らの被告谷本三男に対する判決が確定したときは、原告篠原美江に対し金三五四六万二七〇八円、同篠原香奈及び同篠原水奈に対しそれぞれ金一四一八万九五二七円、同篠原オサエに対し金一〇〇万円並びにこれらに対する平成六年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いがない事実

1  本件交通事故の発生

(一) 事故日時 平成六年五月一日午前六時一〇分ころ

(二) 事故現場 横浜市緑区鴨居六―二〇―二〇先路上

(三) 原告車 普通乗用自動車(横浜七〇ゆ二九七四)

運転者 訴外亡篠原一成(以下「訴外一成」という。)

(四) 被告車 普通乗用自動車(横浜七〇み六九九二)

運転者 訴外畑勝利(以下「訴外畑」という。)

所有者 被告谷本三男(以下「被告谷本」という。)

(五) 事故態様 訴外畑が、前記場所を、無免許の上、時速約七〇キロメートルで被告車を運転し、被告車を道路右側部分に進行させたため、対向進行してきた訴外一成運転の原告車と正面衝突し、訴外一成は頸椎脱臼骨折の傷害を負い、同年六月一日、同人は、右傷害に起因する頸髄損傷、脳梗塞によつて死亡した。

2  保険契約

被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」ともいう。)と被告谷本との間で、平成六年二月二五日、被保険自動車を被告車、保険期間を同月二八日から一年間とする自家用自動車保険契約が締結された。

二  本件交通事故は、訴外畑が、被告谷本所有の被告車を窃取した上で、惹起したものであるが、本件は、本件交通事故によつて死亡した訴外一成の相続人である原告らから、被告谷本に対しては自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条により、被告日動火災に対しては、自家用自動車保険契約に基づき、別紙のとおりの損害の賠償及び保険金の支払いを求めたものである。

第三争点

一  原告らの主張

被告谷本は、平成六年四月三〇日午後一〇時四〇分ころから四五分ころの間、横浜市港北区綱島西二―一六―一九先路上に、キーを抜かず、エンジンを始動したままの状態で、ドアロツクもせず、被告車を停車して放置し、コンビニエンスストアーで買い物をした際、訴外畑勝利に窃取されたのであるから、運行供用者として自賠法三条により責任を負い、かつ、被告車の管理上の過失があるから民法七〇九条によつても責任を負う。

二  被告らの主張

被告車は、被告谷本の運行支配を離れており、被告谷本は、運行供用者として自賠法三条の責任を負わない。また、被告谷本には、被告車の管理上の過失は認められないし、仮に、管理上の過失が認められるとしても、本件事故との間に因果関係がないので、民法七〇九条の責任も負わない。

第四争点に対する判断

一  甲一五ないし二〇、乙ロ四、五、六の一及び二並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告谷本は、平成六年四月三〇日午後七時ころ帰宅し、被告車を運転して、食事と銭湯にでかけ、同日午後一〇時三〇分ころ、銭湯から帰宅の途に着いた。被告谷本は、帰宅途中にあるコンビニエンスストアーでジユースなどの買い物をしようと考え、同日午後一〇時四〇分ころ、横浜市港北区綱島西二丁目一六番一九号コンビニエンスストアー「サークルK」に到着した。同店は、住宅街にあり、十字路交差点の角にあり、駐車場がないので、被告谷本は、被告車を同店入り口脇の道路脇に停車させた。被告谷本が被告車を駐車させた場所は、「サークルK」店内からは見難い場所で、「サークルK」の店舗の灯りと自動販売機の灯りが及ぶ程度の明るさであつた。被告谷本が被告車を停車させたときは、同所付近には、歩行者が二名程度しかおらず、「サークルK」前にも、たむろしているような者はいなかつた。被告谷本は、すぐに買い物をして帰宅するつもりであつたため、被告車のエンジンキーをつけ、エンジンをかけたままにし、助手席側と後部座席の三箇所のドアの施錠はしたが、運転席側のドアは施錠しないままの状態で、被告車を同所に駐車し、同店内に買い物に入つた。

2  訴外畑は、窃盗、毒物劇物取締法違反、道路交通法違反(無免許運転)等の非行歴を有する少年であるが、平成六年四月三〇日、知人でいずれも少年の訴外嶋本修二(以下「訴外嶋本」という。)、訴外板垣昌代志(以下「訴外板垣」という。)と共にゲームセンター等で遊んだ後、さらに遊ぼうと考えた。そして、三名で相談した結果、訴外畑は運転免許を取得したことはないものの、これまでに無免許で自動車を運転したことがあるので、自動車を窃取した上、ドライブをしようということになつた。訴外畑らは、コンビニエンスストアー前では、エンジンキーをつけたま買い物に出かける自動車が多いことに目を付け、コンビニエンスストアー前で待ち受けて自動車を窃取することを謀議し、前記「サークルK」前路上で待ち受けていたところ、同日午後一〇時四〇分ころ、被告谷本が、被告車のエンジンをかけたまま「サークルK」に入るのを見つけ、被告谷本が「サークルK」店内に入つた直後に、訴外畑が被告車を運転して窃取した。

被告谷本と訴外畑、訴外嶋本及び訴外板垣との間には、親族関係はないことはもとより、本件まで、全く面識もなく、訴外畑らは、被告車を乗り捨てる意思で窃取したものであり、被告谷本に返還する意思は有していなかつた。

3  約五分後に、買い物を終えた被告谷本は、被告車を窃取されたことに気づき、直ちに、警察に連絡し、被告車は窃取された旨の被害届を提出した。

4  訴外畑らは、被告車を窃取後、訴外畑が被告車を運転し、横浜方面を走行させて遊んだ後、白山高校付近で、三名で交代しながら被告車を運転して走行させた。そして同年五月一日午前三時ころから被告車中で仮眠し、同日午前六時ころ、再度、訴外畑が被告車を運転して被告車を走行させ、約一八〇〇メートル走行させた後の午前六時一〇分ころ、本件交通事故を惹起した。

5  被告車が窃取された前記「サークルK」前路上から本件事故現場までは、直線にすると約七、八キロメートルであるが、被告車を窃取してから本件事故を惹起するまでの間、訴外畑らは、被告車を約三〇キロメートル走行させている。

二  以上の事実によれば、いかに夜間で、人通りの決して多くない道路とはいえ被告谷本は、被告車を、エンジンキーを着け、エンジンもかけたまま、ドアも施錠しない状態で公道上に放置した結果、被告車を窃取されたのであり、被告車の管理に過失があつたことは明かである。

しかしながら、被告谷本は、被告車を停車させた場所は、被告谷本が買い物に出かけたコンビニエンスストアーと隣接した路上であり、被告谷本と被告車との距離は、数メートルと極めて短距離であること、被告谷本は、コンビニエンスストアーでジユース等を買い物をするために被告車から約五分間と短時間、一時的に離れたに過ぎず、被告谷本には、被告車を長時間放置する意図はもとよりなかつたこと、被告谷本が被告車を離れた直後に、これを待ち受けていた訴外畑が被告車を窃取していること、被告谷本は、被告車を窃取されたことに気づき、直ちに、被告車を窃取された旨警察に連絡し、同日午後一一時には被害届が作成されており、訴外畑ら第三者の運転を排除するための措置を取つていること、本件事故は、窃取後、約七時間半を経過した後に事故を起こしたのであり、窃取後、短時間後の事故とはいえないこと、訴外畑らは、被告車を窃取してから本件事故を惹起するまでの間、途中、仮眠を挟むなどした上、被告車を約三〇キロメートル走行させていること、被告車が窃取された前記「サークルK」前路上から本件事故現場までは、直線で約七、八キロメートルあり、距離的にも離れていること、訴外畑らには、被告車を返還する意思は認められないこと、被告谷本と訴外畑らとの間には、親族関係はもちろん、何らの人的関係もないことが認められる。

これらの事実を総合考慮すると、被告谷本は、被告車を第三者の自由使用に委ねたと評価できず、また、被告車の運行支配も運行利益も失つていると認められるので、自賠法三条の責任を認められない。

また、前記のとおり、被告谷本に、被告車の管理上の過失があつたことは認められるが、本件事故は、直接的には訴外畑の過失によつて発生したものであり、右のとおりの窃取からの本件事故までの経過から見て、被告車は、既に被告谷本の管理の影響を脱出していると認められるので、被告車の管理上の過失と本件事故との間に因果関係が認められず、被告谷本には、民法七〇九条の責任も認められない。

第四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堺充廣)

別紙

一 訴外一成の損害

1 治療関係

(一) 治療費 三三万五〇六〇円

(二) 付添費 一九万二〇〇〇円

横浜新緑病院に三二日間入院中近親者が付き添つた。

(三) 入院雑費 四万一六〇〇円

(四) 交通費 九六〇〇円

2 休業損害 五四万〇八二五円

年収六一六万八七九三円の三二日分

3 逸失利益 五八一一万九二九五円

(一) 給与分 五〇四七万七〇七四円

616万8793円×0.7(生活費控除)×11.6895(18年のライプニツツ係数)5047万7074円

(二) 年金分 七六四万二二二一円

老齢年金 月額六万五〇〇〇円

老齢厚生年金 月額二三万〇九八三円

(6万5000円+23万0983円)×12=355万1796円

355万1796円×(15.1410(78歳まで29年間のライプニツツ係数)-10.8377(65歳まで16年間のライプニツツ係数))×0.5(生活費控除)=764万2221円

4 入院慰謝料 五〇万円

5 死亡慰謝料 二二〇〇万円

6 物損

(一) 車両価格 一四三万五〇〇〇円

(二) レツカー移動代 六万七四五〇円

7 合計 八三二四万〇八三〇円

原告篠原美江が二分の一、同篠原香奈及び同篠原水奈が各四分の一ずつを相続したので、原告篠原美江の相続額は四一六二万〇四一五円、同篠原香奈及び同篠原水奈は、各金二〇八一万〇二〇七円となる。

二 原告篠原美江の固有の損害

1 葬儀費用 二〇八万三六五三円

2 慰謝料 二〇〇万円

3 弁護士費用 五〇〇万円

4 合計 九〇八万三六五三円

三 原告篠原香奈及び同篠原水奈の固有の損害

慰謝料 一〇〇万円

四 原告篠原オサエの固有の損害

慰謝料 一〇〇万円

五 損害のてん補

1 原告篠原美江 一五二四万一三六〇円

2 原告篠原香奈及び同篠原水奈 各七六二万〇六八〇円

六 合計

1 原告篠原美江 三五四六万二七〇八円

2 原告篠原香奈及び同篠原水奈 各一四一八万九五二七円

3 原告篠原オサエ 一〇〇万円

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